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七面山別当より別当 長谷川 寛清
就任ご挨拶(みのぶ誌2010年5月号より)
 平成9年9月、第114代小松浄慎別当のもとで、会計執事として3年間務めさせて頂き、感激の涙を流しながら50丁の山道を下山してより、12年半の月日が経ちました。その間、身延山久遠寺にて、布教部、財務部、庶務部と多くの方々にご助力を賜り、この度七面山敬慎院119代別当として、七面大明神にお給仕させて頂くこととなりました。内野日総法主猊下より励ましのお言葉、井上瑞雄総務様はじめ各聖各位の激励を心の糧として、日々を精進して参る所存であります。
 七面山の遙拝所から手を合わせるご来光は、それは素晴らしいものであります。山務させて頂いた3年間、随身門から光の帯がご神体を輝かせる様を目の当たりにし、これこそ七面山の霊力の示現と感じ入ったものです。さらに標高1700メートルの遙拝所から拝する富士山は、稜線までがくっきりとした姿を現し、登詣する人々に感激を与えます。身延山の庶務部にて、富士山経ヶ岳の護持に関わらせて頂いた時、明治以前は富士山山頂に高さ一丈周囲六勺の大曼荼羅御本尊の宝塔が建てられていたことを知りました。
 江戸時代には法華経の祈りが、富士山に響き渡っていたことも分かりました。明治以降、日本は近代国家として歩みはじめましたが、その国策のもと多くの神々は神道にて祀られて今日に至っています。しかし七面山の遙拝所こそ、現在も富士山山頂の目に見えぬ宝塔に堂々とお題目を唱えられる霊場であると信じるものです。
 当時の絵図には、富士山頂の宝塔は、法華開会塔と記されています。身延山を中心に、西に七面山、東に富士山が法華経の教えを守り、そこを太陽の光の帯が毎日通っていくのです。七面山での法華経の修行を七面大明神はじめ諸天善神が待ち望み、信徒の願いを叶えるべくお待ち下さっていることを3年間伝えて参りたいと思います。