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map 本地堂 丈六堂 大光坊 お水屋 東照宮祠 妙石坊 松樹庵 千本杉 追分感井坊
表参道

 本堂裏手には「是より奥之院道」の標石があります。ここから急な坂道を歩いていくと、丈六堂・三光堂といった上の山地域に至ります。ここは、江戸時代の身延山がそのまま残っている場所です。江戸時代に活躍した僧侶や信徒の墓域があり、散策すると往時の法華信仰をもった人々が私たちに何かを語りかけてくれるかもしれません。
 さらに細い山道を登っていくと、東照宮など当時の歴史がそのまま残っている場所があります。これはロープウェイで奥之院に行ったのでは味わえないことです。

本地堂

 日蓮聖人の説かれる本地上行菩薩がご本尊です。宝永7年(1710)33世日亨上人代に創建されました。文政7年(1824)に焼失しましたが、嘉永5年(1852)66世日薪上人代に再建されました。

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本地堂

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本地堂からは、本堂・祖師堂の屋根越しに五重塔が見られます

丈六堂(十五丁)

 徳川家康側室お萬の方が寄進した一丈六尺の釈尊像を安置しています。釈尊像と堂宇は身延町指定文化財です。京都の中正院日護上人による彫刻です。
 堂内にお萬の方寄進と伝えられる千体仏あります。本堂域から28世日奠上人代に現在地に移転しました。4月8日は花祭が行われます。
 元は、観(完)道坊という丈六堂を守る坊舎がありました。

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丈六堂

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丈六釈尊像

大光坊(二十五丁)

 28世日奠上人が開創です。元は大光庵といい、明治3年(1870)に大光坊と改称しました。
 奥之院登詣の中間点で、ここから奥之院までは急な山道となります。境内には、三光堂・大黒堂といった堂宇や相輪塔・釈尊座像があり、休憩所が置かれています。
 三光堂は甲府宰相綱重寄進の三光天子(大明星天子・日天子・月天子)像を安置しており、大黒堂は伝日蓮聖人作の大黒天を安置し、4月18日には大祭が行われます。

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三光堂

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大黒堂

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釈尊座像

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相輪塔

お水屋(四十丁)

 31世日脱上人代に建立、明治3年70世日祥上人代に再建されました。
 日蓮聖人の喉の渇きを潤そうと、弟子の日朗上人が山頂よりこの地に下り、清水を汲んで聖人に給仕したと伝えられる日朗上人井戸と、水屋堂(法明坊)があります。

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日朗上人井戸

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水屋堂

東照宮祠
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東照宮祠

 元和2年(1616)徳川家康が亡くなった時、側室であったお萬の方が身延山に詣で、法会を営みました。位牌はその折りのもので、家康供養のために祠がこの地に建てられました。
 28世日奠上人代に建立、文政11年(1828)58世日環上人代に再建されました。

裏参道

 御廟所の裏手にある妙石坊は、奥之院への裏参道出発点であると同時に七面山の表玄関であり、追分感井坊に至ると、奥之院(身延山)に行く道と七面山に行く道とに分岐します。

妙石坊

 学禅院日逢上人が文禄年間に開創しました。元は妙石庵といい、文久2年(1862)に妙石坊と改称しました。
 日蓮聖人が座られ、お弟子たちに教えを説いたといわれる高座石があり、七面大明神が天女の姿を顕したとされることでも知られています。

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登山口へと続く石段

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高座石

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祖師堂の右手奥が七面山と身延山の登山口

松樹庵

 宝永元年(1704)に開創しました。日蓮聖人が奥之院登詣の途中、松の木に袈裟を掛けたと伝えられる場所です。この場所からは、久遠寺本堂付近が望めます。

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松樹庵

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松樹庵からは久遠寺境内と門前町が一望できる

登山道の風景
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 登山道の傍らにある小さな滝。

千本杉
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千本杉

 山梨県指定文化財(天然記念物)です。平成20年に建立された身延山五重塔は、この杉を使用しています。

追分感井坊

 七面山道と奥之院道の分岐点(追分)にあり、31世日脱上人により元禄元年(1688)に開創されました。
 日朗上人作の帝釈天を祀っている帝釈天堂があり、境内にある井戸は日蓮聖人が明神の夢をみた時に湧き出たと伝えられます。堂宇の前には、広い休憩所があり、多くの登詣客が休んだものと思われます。

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追分感井坊

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追分感井坊を背にした分岐点
左に進むと奥之院へ